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2009
01/07
Wed
Category:【漏洩】

高村光太郎『道程』「秋の祈」小考 

誰のためでもない<祈>





 詩人・高村光太郎の代名詞といっても過言ではない「道程」は、その異常な分量をもつ初出形をわずか九行に削りきった形で同題の詩集『道程』に収録されました。


僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る

(高村光太郎「道程」部分)



 あまりにも有名な「道程」のフレーズ。光太郎にとって詩「道程」を書き上げること、詩集『道程』を完成させることは〈僕の後ろに道〉をあらしめる作業だったといえるでしょう。
 詩集『道程』の最後に書き下ろしで収められた詩「秋の祈」には、〈地中の営みをみつから祝福し/わが一生の道程を胸せまつて思ひながめ/奮然としていのる〉(旧漢字は新漢字、改行はスラッシュでそれぞれ表記する。以下の引用もすべて同じ。)ということばがあります。〈道程〉とは彼の後ろに出来るもの、したがって〈胸せまつて思ひながめ〉る彼は、自らが歩んだ道のり――〈道程〉!――を振り返って眺めていることがわかります。詩集『道程』の最後に置かれたこの作品は、つまり、光太郎にとって『道程』という一冊を作り出してしまった過去に対する〈祈〉だということです。一般に詩集『道程』は父との確執/エディプスコンプレックスなどの一種病理的な前期『道程』と、智恵子との出会い/光太郎にとっての概念<父>の相対化を目論んだ後期『道程』にわけられます。ここでは前期『道程』の作風を踏まえつつ、「秋の祈」の詩集『道程』に置ける立場というものを考えてみたいと思います。
 また、新潮文庫『高村光太郎詩集』の「解説」で編者・伊藤信吉はこう語っています。


[…]高村光太郎は絶えず人生論的命題を語っている。[…]まして「道程」「秋の祈」など、生きる意思を歌った詩が人生論的なことはいうまでもない。

(伊藤信吉『高村光太郎詩集』「解説」)



 伊藤が〈人生論的命題〉が絶えず語られている光太郎作品のなかでも「道程」「秋の祈」は〈いうまでもな〉く人生論的な作品だと述べていることを援用し、「秋の祈」の考察を行ううえで「道程」(特に初出形)との比較も行っていきたいです。





 「秋の祈」というタイトルを見ると、やはり〈秋〉という季節が気になります。秋をタイトルにもつ詩は多くはないですが光太郎の作品にはいくつか見られます。けれど、詩集『道程』においては秋よりも冬をタイトルに採用している作品が目に付きます。「冬が来る」と「冬が来た」です。
 それぞれ印象的なフレーズを引用してみましょう。


冬が来る、冬が来る
魂をとどろかして、あの強い、鋭い、力の権化の冬が来る

(高村光太郎「冬が来る」部分)




冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ

(高村光太郎「冬が来た」部分)



 「冬が来る」でも「冬が来た」でも、光太郎にとって冬が力の象徴のようにつかわれていることがわかります。そして、そんな<冬の力>は、(光太郎の)〈魂をとどろかし〉、光太郎自身の力となる〈餌食〉として、光太郎の外からやってきた冬が光太郎の内的な力となる包摂関係を構成します。
 光太郎にとって冬が特別なものであることは「満目蕭條の美」と題された昭和七年に『婦人公論』で掲載された散文からもうかがえます。


 冬の季節ほど私に底知れぬ力と、光をつつんだ美しさとを感じさせるものはない。満目蕭條といふ形容詞が昔からよく冬の風景を前にして使はれるが、私はその満目蕭條たる風景にこそ実にいきいきとした生活力を感じ、心がうたれ、はげまされ、限りない自然の美を見る。[…]風雪の為すがままにまかせて、しかも必然の理法にたがはず、内から営々と仕事してゐる大地の底知れぬ力にあふと、私の心はどんなときにもふるひ立つ。百の説法を聴くよりも私の心は勇気をとりかへす。自然のやうに、と思はずにはいられなくなる。[…]落ちるものは落ち、用意せられるものは用意せられて、何等のまぎれ無しにはつきりと目前に露出してゐる潔い美しさは、およそ美の中での美であらう。[…]見かけの最低を示して当然の事としてゐる。私はいつも最も突き進んだ芸術の究極境が此の冬の美にある事を心ひそかに感じてゐる。[…]古来、真に冬たり得た芸術が一体何処にあるだらう。

(高村光太郎「満目蕭條の美」)



 〈底知れぬ力〉〈必然の理法〉〈芸術の究極境〉とどこか宗教的な響きも感じられることばで冬は形容されています。しかし、その一つ手前の季節――秋――の<祈>は、〈道程〉に対して行われています。この前後関係の齟齬は一体どういうことでしょうか。





 〈必然の理法〉という冬の形容を確認したいま、私たちは前期『道程』のほぼ最後の作品「父の顔」を省みる必要があります。「父の顔」では、留学以前/以後を機に自身を形作っていたものを<父>という概念で規定し、それを相対的に見つめるプロセスが描かれています。光太郎の父・光雲は、肉親という肉体的血縁的つながりとともに、彫刻家という精神的芸術的つながりを光太郎との間に有しています。また、ロダンという光太郎の西洋芸術を開眼させた人物・作品も、光太郎を形作る重要な要素といえます。これらのつながりを自身を形成するものとして<父>と規定し、歪曲したエディプスコンプレックスから発露する<父殺し>と<近代的自我の確立>を重ね〈父の顔を粘土にて作〉ることで、今までのつながりを相対化して見ることができる視点を手に入れることが出来ました。つまり、自身を含めた人間関係というネットワークを冷めた(冬のような?)視線で見つめることが出来るようになったのです。
 「父の顔」にこのようなことばがあります。


どこか似てゐるわが顔のおもかげは
うす気味わろきまでに理法のおそろしく
わが魂の老いさき、まざまざと
姿に出でし思ひもかけぬおどろき

(高村光太郎「父の顔」部分)




 この詩に出てくる〈理法〉とは、遺伝に代表される血縁的なつながり、あるいは彫刻家・芸術家としての自身の未来を見出してしまったとしたら精神的なつながりのことを、ある種運命論的な諦観のもと語っているようにみえます。しかし、私たちは〈必然の理法〉という名の形容を得た冬を確認しました。光太郎の<冬>は〈底知れぬ力〉を持ち〈芸術の究極境〉です。つまり、光太郎にとって<冬>とは、あこがれの対象だと言うことができます。では、あこがれの対象を厭うことはあるでしょうか。「父の顔」のみを読んだ段階では、父とのつながりを厭う光太郎を読むことができるかもしれません。しかし、あこがれの対象である<冬>が〈(必然の)理法〉だとしたとき、「父の顔」で言われた〈うす気味わろきまで〉の〈おそろし〉さが単なる厭いの感情ではないことがわかります。
 「父の顔」を単なる<父>の相対化だと読んだ場合、それまで自身を形作っていたつながりの処理がなおざりなってしまいます。そのつながりは断絶されたのか保たれたままなのか。断絶されたとしたら今の光太郎を形作っているものは何なのか。保たれているとしたらそれは積極的に保っているのか、それとも嫌々ながらなのか。つながり、というものを運命と捉えたとき――親は子を選べるが、子は親を選べない!――、〈理法〉とはまさにつながりそのものではないでしょうか。今までのつながり、今からのつながり。それらはすべて〈理法〉と言う名で予め決定されていることだとしたら、そう気づいたときの〈おそろし〉さだと読み直したとき、「秋の祈」における〈祈〉の対象の齟齬が説明できそうです。つまり、時間軸でいうと秋の次が冬であり、それは光太郎の<冬>とも重ねられ、未来・今からに向けて〈祈〉は発せられているように思えます。しかし、〈僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る〉(「道程」)ことから〈わが一生の道程をむねせまつて思ひながめ/奮然としていのる〉ときの〈祈〉は過去・今までに向けて発せられていると読めます。いま、〈理法〉とは<今まで/今からのつながりそのもの>であると見てきました。すると、〈祈〉の対象は、<今までか今からか>という過去と未来の二項対立の問いを無効化し(したがって、<今までも今からも>というboth of themのような解釈も成立しえず)、過去と未来が渾然となった何か――<父><冬>を包含する何か?――と考えられます。





どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる

(高村光太郎「道程」(初出形)冒頭)




 初出形の「道程」の冒頭です。ここで注目したいのは〈道の最端にいつでも僕は立つてゐる〉という表現です。光太郎の言う<道程>は人生のメタファーとして解釈されることが多いですが、<冬>や<父>の概念を整理し、〈理法〉ということばをあらためて確認したいま、単なる人生として<道程>を捉えることは出来ません。〈僕〉が〈ふみしだいて来た足あと〉とは一体何のことなのでしょう。そして、〈最端〉とは境界線のことです。はたして〈僕〉は、〈道程〉の途上に立っているのでしょうか。立てるのでしょうか。立てたとして、では、一番初め、歩き始めるその直前、スタート地点とは何なのでしょうか。〈いつでも〉と言ってることから生まれた頃からと読み直すことも出来るはずです。〈道程〉が人生だとして、人生のスタート地点――最端に面積はない!――は人生なのでしょうか。では、人生ではなかったとしたら、それは何なのでしょうか。
 同題の詩集に収める際に大幅に削った部分には何が書かれていたのか、何故削られた形でなければ同じ名前の詩集に入れることが出来なかったのか。最後に書き下ろされ、詩集の最後に収められた「秋の祈」に何故また〈道程〉ということばが使われたのか。


ふり返つてみると
自分の道は戦慄に値ひする
支離滅裂な
又むざんな此の光景を見て
誰がこれを
生命(いのち)の道と信ずるだらう
それだのに
やつぱり此が生命(いのち)に導く道だつた
そして僕は此処まで来てしまつた
此のさんたんたる自分の道を見て
僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ

(同上部分)



 〈ふり返つて〉見えるのは今まで自分が歩いてきた〈道程〉である。〈戦慄〉〈支離滅裂〉〈むざん〉〈さんたんたる〉とは、デカダンと呼ばれる光太郎の一時期――前期『道程』――のころを指すものと思われます。あるいは、もっとむかし、ただひたすら自分自身を厭んでいた時期、<父>というつながりの概念化相対化にも至っていなかった時期、あの「手紙の一束」を書き溜めていた時期、そのいずれかでもありそのすべてであるかもしれません。
 〈生命の道〉とは何でしょう。自らが歩んできた〈道程〉の先には〈生命〉があるとはどういうことでしょう。いや、歩んでいった先に〈生命〉があるのだ、そこへ至る〈道程〉を拓いているのだ、とも解釈できるでしょう。では、〈生命〉とは〈道程〉のゴールのことなのでしょうか。仮にゴールだとして、そこにたどり着いたらどうなるのでしょうか。歩みをやめてしまうのでしょうか。
 〈僕は此処まで来てしまつた〉の〈此処〉とは〈最端〉のことです。私たちは常に既に<いま・ここ>に存在させられた形からはじまります。そういう意味で、私たちの過去も、<いま・ここ>から振り返って得られる思考だといえるわけです。〈ふみしだいて来た〉と過去形で表示される〈道程〉も同様です。振り返って見られた〈道程〉は決して過去の表情を再現しているのではなく、<いま・ここ>から見た〈道程〉に過ぎないわけです。そういう意味で〈僕〉はいつも〈此処=最端〉にいるため、〈来てしまつた〉という表現はどこかおかしいといえます。しかし、こうした<いま・ここ>の立場に常にいざるを得ない状況を引き受けたという意味であれば、〈来てしまつた〉という自分の意図とは別にそのような結果になった――〜てしまった――という表現は真に的確だと言わざるを得ません。
 そして〈自然の広大ないつくしみ〉とは何か。〈ああ、自然よ/父よ/僕を一人立ちにさせた広大な父よ〉と詩集形にはあります。<父>は単なる自身を形成するつながりとして概念化されていたが、<冬>に対するあこがれと、〈理法〉という<今まで/今から>が渾然とした運命を通過して、<自然>と言い換えられたと解釈できます。〈僕〉を形作ってくれた――<いま・ここ>に来させた!――超越的主体として<自然>は設定されています。


どんな時にも自然の手を離さなかった僕は
とうとう自分をつかまへたのだ
恰度そのとき事態は一変した
俄かに眼前にあるものは光を放射し
空も地面も沸く様に動き出した
そのまに
自然は微笑をのこして僕の手から
永遠の地平線へ姿をかくした
そして其の気魄が宇宙に充ちみちた
驚いてゐる僕の魂は
いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
僕は武者ぶるひをした
僕は子供の使命を全身に感じた
子供の使命!
僕の肩は重くなつた
そして僕はもうたよる手が無くなつた
無意識にたよつてゐた手が無くなつた
ただ此の宇宙に充ちみちてゐる父を信じて
自分の全身をなげうつのだ

(同上部分)




 <父>=<自然>と光太郎のつながりの概念が更新されます。それは〈手を離さなかつた〉という表現からも読み取れます。しかし、光太郎=〈僕〉の手から〈自然は微笑をのこして〉〈永遠の地平線へ姿をかくし〉てしまいます。〈永遠の地平線〉とは何のことでしょう。光太郎の<道程>が〈生命に導く道〉であることを思うと、〈永遠の地平線〉とは〈生命〉のあるところと考えられます。また、〈地平線〉というのが空と大地を分かつ肉眼で捉えることの出来る地の果てのことだとして、〈永遠の〉とは一体どういったことを意味しているのでしょうか。忘れてはならないのは、〈地平線〉にたどり着くことは不可能だという点です。ある地点から地平線を確認し、そこへたどり着いたとき、そこは先ほどのある地点から見えた場所に過ぎず、地平線を遥か彼方に再度確認するだけです。〈永遠の〉とは、地平線へのたどり着けなさを表現しているものなのです。
 〈自然の手を離さなかつた僕〉が手を離さないまま〈自分をつかまへた〉とはどういうことでしょう。〈永遠の地平線へ姿をかくした〉<自然>の〈気迫が宇宙に充ちみちた〉とは、どういうことでしょう。自分をつかまえたとき、事態は一変したといっています。眼前の風景が輝きだし、空も海も動き始めました。まさに世界が変動したわけです。この世界の変動は、自然の気迫が宇宙に充ちたという書き方がされます。ここで<世界=宇宙>という等号を考えると、〈僕の手〉を離した自然は〈僕〉の存在する<世界=宇宙>に充満したわけです。つまり、〈僕〉は<自然>に包まれています。そう考えると、僕の魂をつらぬく〈「歩け」といふ声〉が<父>の面を見せる<自然>であることもわかります。また、二行並んで書かれる〈手が無くなつた〉という自分の頼りにしていたものの喪失を語る切迫感も、次の二行で〈父を信じて〉ということば――信仰!――のもと〈自分の全身を〉<世界>に〈なげうつ〉のです。
 手をつなぐ/離すという平行関係(つながりが手という一点にのみ凝縮している)から、〈僕〉を包む/包まれる関係(〈僕〉につかまへられた〈自分〉は〈僕〉の手の平に包まれている、つまり〈僕〉が〈僕〉を包んでいる/世界に充満した〈自然=父〉に〈僕〉は包まれている)への移行が見られます。つまり、ある点でのみつながりを意識するのではなく、全体でつながりを信仰することで光太郎の世界が豹変したことがわかります。世界の豹変した光太郎は、<いま・ここ>からどこを歩いていくのか。


僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景が広がつている
[…]
寂しさはつんぼのやうに苦しいものだ
僕は其の時又父にいのる
父はその風景の間に僅かながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性にふるへ立つ
声をあげて祝福を伝へる
そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすく程深い呼吸をするのだ
僕の眼が開けるに従つて
四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の陰に小さい人間のうぢやうぢや匍ひまはつて居るのもみえる
彼等も僕も
大きな人類といふものの一部分だ
しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
[…]
腐るものは腐れ
自然に背いたものはみな腐る
僕は今のところ彼等にかまつてゐられない
もつと此の風景に養はれ育まれて
自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
子供は父のいつくしみに報いたい気を燃やしてゐるのだ
ああ
人類の道程は遠い

(同上部分一部省略)




 荒野の風景。道なき前途を行く〈僕〉に――たとえ〈永遠の地平〉にて<自然>を、〈生命〉を見つけることができるとわかっていても――寂しさが襲い掛かります。すると〈僕〉は〈父にいの〉り、同属の人間を見せてもらうのです。〈僕〉は少数派とはいえ一人ではないことに力を得ます。ここでいう同属の人間とは〈僅かながら勇ましく〉〈永遠の地平線〉へ向かって歩く人々のことであり、〈自分を自分らしく伸ば〉し〈父のいつくしみに報いたい気を燃やしてゐる〉人々のことといえます。
対照的に〈生育のいい草の陰に〉いる〈小さい人間〉は〈うぢやうぢや匍ひまは〉り、彼らは〈大きな人類〉の〈無駄〉なものであり、〈自然に背いた〉故に〈棄て腐ら〉されてしまいます。しかも〈僕〉は〈今のところ彼等にかまつてゐられない〉と切り捨ててしまうのです。
 光太郎のいう<自然>とは〈理法〉であり一つの運命です。その運命に従い、なおかつ運命の根源ともいうべきもの・場所をめざすことが大事だと光太郎は考えます。それは自分をこの世界にあらしめてくれら<自然>(の〈いつくしみ〉)に対する恩義を動機とすると共に、<自然>に対する飽くなきあこがれがあるからです。光太郎にとって<冬>があこがれの概念でした。そして「道程」で描かれている荒野の風景は、まさに自然の厳しさを(一種ステロタイプの感は否めないものの)表わしています。その場に存在するものへと厳しく襲い掛かる世界こそが光太郎のあこがれであれば、ここにきて<自然>=<冬>をも確認することが出来ます。
 荒野の風景と対照的な〈生育のいい〉という修飾を受けた〈草の陰〉では、<冬>という厳しい世界に耐えられない〈小さい人間〉が卑小に描かれています。〈棄て腐らしても惜しまない〉という表現、〈僕〉=自分は<自然>に従う別格の人間である自負から光太郎の選民思想を感じます。
〈ああ/人類の道程は遠い〉は、侍従の対象かつ報恩の対象の<自然>へ至るまでの過程のことでしょう。選ばれしものだけが〈永遠の地平〉を目指すことが出来る。その目指している過程の事を、<自然>に気づかず従おうともしない〈小さい人間〉たちの(いわゆる一般的な意味での)人生との差別化から、<道程>と名付けたと考えます。


僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちにさせた父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程の為め

(同上最終部)




 改めて自分の前後の道の状況を確認します。常に自分は道の最端に位置し、そこは道の上なのかどうかわかりません。まさに過程としての<いま・ここ>=<道程>を歩み続けることが<自然>に従うことであるかのように、〈僕〉の周りの世界=宇宙を充たす〈父〉に〈守る事〉を願います/命じます。そして、〈宇宙に充ちみちた〉<父=自然>の〈気魄〉が今度は〈常に〉〈僕に充たせよ〉と願います/命じます。どちらも願いのようなニュアンスを帯びながら、その口調は命令形です。なぜなら、<(父=)自然(=冬)>に充たされた〈僕〉は〈自分〉をつかまえることで<道程>に至り、また〈僕〉の世界は<自然>に充たされています。〈僕〉と<自然>との包む/包まれるの関係は転倒、あるいは二項対立の無効化を強いられ、〈僕〉は〈僕〉の従うべき<自然>へと願うとともに、自分自身を奮い立たす為の命令を今や<自然>でもある〈僕〉に発さずにはいられなかったのです。
 では、〈遠い道程〉とは何でしょう。それは〈永遠の地平線〉の名で二度詩の中に出てきた<自然>の始原のようなものだと考えられます。ここで<父>という概念をもう一度見直すと、これは当然血脈のつながりを意識したことばだったはずです。そうなると、〈僕〉の〈父〉にも当然〈父〉はいるはずであり、これは無限背進してしまいます。自分にとってのすべての<父>の(〈いつくしみに報いたい〉=)<報恩>の念を考えたとき、その<父>が無限背進――永遠の地平!――にさかのぼります。したがって、〈遠い道程〉=<道程>とは、いわば、因果論的な究極の始原に対する報恩のことなのです。





 以上見てきたような流れの延長上に『道程』最後の作品「秋の祈」を見ていきましょう。


秋の祈

秋は喨喨と空に鳴り
空は水色、鳥が飛び
魂いななき
清浄の水こころに流れ
こころ眼をあけ
童子となる

多端紛雑の過去は眼の前に横はり
血脈をわれに送る
秋の日を浴びてわれは静かにありとある此を見る
地中の営みをみづから祝福し
わが一生の道程を胸せまつて思ひながめ
奮然としていのる
いのる言葉を知らず
涙いでて
光にうたれ
木の葉の散りしくを見
獣の嘻嘻として奔るを見
飛ぶ雲と風に吹かれる庭前の草とを見
かくの如き因果歴歴の律を見て
こころは強い恩愛を感じ
又止みがたい責を思ひ
堪へがたく
よろこびとさびしさとおそろしさとに跪く
いのる言葉を知らず
ただわれは空を仰いでいのる
空は水色
秋は喨喨と空に鳴る

(高村光太郎「秋の祈」)




 六行で構成された第一聯と二一行で構成された第二聯のふたつからなっています。聯のバランスを見てみると、一聯と二聯ではほぼ三倍の行数の違いがわかります。他に形式的な面を見てみると〈秋は喨喨と空に鳴り(/る)〉が最初と最後に置かれており、あたかも秋の鳴らす音に挟まれる形でこの詩が成立しているように感じられます。
  第一聯では二行目に〈空は水色、鳥が飛び〉と、秋空の光景が描かれています。〈魂いななき〉の〈魂〉の鳴き声が、仰いだ秋空の音のことでしょうか。「道程」では〈驚いてゐる僕の魂は/いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた/僕は武者ぶるひをした〉とあり、〈僕〉は〈僕〉を包み充たす<自然>にの声につらぬかれふるえています。いななく(嘶く)とは元々馬の高く鳴くことをいいます。したがって、ここでは〈僕〉だけが一方的に<自然>(ここでは〈秋〉)に声を発されているわけではなく、〈(僕の)魂〉も声をふるわせていることがわかり、二つの音が響いています。
 きれいな水がこころに流れると、こころは眼を開き〈童子〉になります。つまり、子供になるわけですが、もちろん<自然=父>の子供のことです。「道程」では、<自然=父>の手を離さなかった〈僕〉が〈自分〉をつかまえることで、眼前の世界は一変し、さきほどの〈「歩け」〉の声につらぬかれて〈僕は子供の使命を全身に感じ〉ました。つまり、「秋の祈」では、「道程」における〈永遠の地平〉へ向かうまでの果て無き過程である<道程>へ至る自覚をもたらす〈「歩け」〉が、〈秋〉と〈魂〉の声音と〈清浄の水〉に姿を変え――風景描写という手法でもって――表現されているのです。
 第二聯では空に向けられていた視線が再び――道程は地面にある!――地上に戻されます。垂直方向下への視線移動は〈多端紛雑の過去〉を眼前に見出します。これは「道程」(初出形)にも見られた自身のデカダンな時期を省みている記述です。しかしその眼は後悔を以って振り返られたのではありません。荒れ果てていたと思われる過去も、〈血脈をわれに送る〉ものだと、現在の自身を、あるいは自身の現在を形作るものだと冷静に見ています。〈秋の日を浴び〉た〈われ〉は、<自然=父>の気魄に包まれた〈僕〉と重なります。そして眼の前に横たわっていた過去を見ていた眼は〈ありとある此を見〉ます。〈ありとある此〉とは一体何のことでしょうか。
 空から垂直に降りてきた視線は次の行で地中に至ります。〈地中の営み〉とは、地上へ出てくることが出来ないものたち=〈小さい人間〉のことでしょうか。そうだとしたら、ここにきて光太郎は自身の選民思想を克服し、<自然>に従えないもの=<道程>を歩めないものたちに対して〈みづから祝福〉するにまで至ったことがわかります。この〈みづから〉とは、つまり従うべき<自然>に従えないものたちに対して、<自然>に従って祝福をすることの皮肉を巧妙に避けていることをあらわします。――しかし、それでも光太郎のすべての行いは<自然>に律せられているものなのです。なぜなら、〈地中の営み〉の上に<道程>は成りたっているからです。言い換えれば〈祝福〉の対象は<道程>に過ぎないからです。<道程>を<自然>に至るまでの過程と捉え、そこに至れないもの(=〈小さい人間〉)と峻別をはかっていた「道程」(初出形)のころは、〈小さい人間〉は単なる〈無駄〉としか思われていませんでした。そこから、<道程>に至る/至れないの別を取り除くことで、光太郎は自分の周りにあるもの(=〈ありとある此〉)を見ることができ、<自然>に従うことと〈みづから〉を一緒くたにして祝福することが出来たのです。このことは、詩集『道程』の「道程」の異常な削行と「秋の祈」の書下ろしを結びに設置したことからも判断できるでしょう。
 <自然>に従うことと〈みづから〉を一緒くたにすることが出来るから、〈奮然といのる〉と〈いのる言葉を知らず〉という奇妙な、あまりにも奇妙な二行を並置することが出来るのです。
 秋空→眼前の過去→ありとある此→地中→道程、と視線は移動され更に、木の葉→獣→飛ぶ雲と風に吹かれる草→因果歴歴の律、と移動していきます。一読して「道程」の〈岩畳〉に囲まれた荒野の風景とは異なることがわかります。何が違うか。もちろん生き物の存在です。「道程」において〈生育のいい草〉は〈小さい人間〉と並置されていました。つまり、<冬>を信奉していた光太郎にとってその厳しさに耐え忍ぶ姿に生命を見出すのであって、あからさまに生命力あふれる様はマイナスイメージだったと言えます。「秋の祈」では、選民思想を克服し、〈血脈〉を再意識化しました。これはつながりに今一度思い至ったと読めます。自身を形作ったつながり=<父>だけではなく、〈ありとある此〉=<自然>もまた――それが律(〈理法〉)であるにも関わらず――〈因果歴歴の律〉に則って成立していることを見たのです。〈恩愛〉と〈責(せめ)〉を同時に思ってしまったのは、つながりを再意識化し、「道程」(初出形)で〈永遠の地平〉の名の下に見出した無限背進の彼方、因果論的な究極の始原に対する<報恩>と、常に既に<道程>の最端、<いま・ここ>に存在させられてしまうというやりきれなさを感じてしまったからでしょう。〈よろこびとさびしさとおそろしさ〉に対して平伏するほどの感情の揺れ、「道程」の到達の揺らぎ、そんな心情が〈いのる〉という行為をさせているのかもしれません。
 先ほどとは反対に、〈いのることばを知らず〉の次に〈ただわれは空を仰いでいのる〉とあります。また、先ほどは〈奮然として〉〈道程を胸せまつて思ひながめ〉ながらいのっていたのに対して、今度は〈ただ〉〈空を仰いでいのる〉のです。<祈>における姿勢・対象がずれています。視線は再び垂直方向上へ昇り、<道程>――しょせん地べたの上に過ぎない!――の最端よりいのります。いのりの言葉も知らないまま。このような、どうにもならない気持ちが「秋の祈」の主題なのです。
つまり、「道程」(初出形)における<自然>と<道程>から、『道程』に収める際に選民思想を克服しましたが、「秋の祈」ではその克服を引き受けたものの足元を支えていた<自然>や<道程>がその名で呼んでいる限りにおいてそれはそれそのものへと到達し得ないことを見つけるのです。つまり、<自然>が全き〈理法〉であるならば、<自然>という名で呼ぶことはできない、その名で呼んでしまうときその名で呼ばれてしまったものは〈因果歴歴の律〉に組み込まれてしまうのです。
したがって、〈いのる言葉を知らず〉何も口にしないまま、ただ〈いのる〉という行為を空へ――地上では<道程>に囚われてしまう――遂行するだけなのです。最後二行がこの詩の始まりと終りで響き合っているのは、この詩全体を<秋>の<祈>で包んでいるのではなく、始まりに戻るしかないという、どうにもならなさを円環構造で以って表わしているのです。





 めざすべきものもたよるべきものもない、どうしようもない状況を<秋>を規定し、その中で、その積極的などうしようもなさの中で何が出来るかと自分自身を見直したときに、言葉も対象も姿勢も廃した〈ただ[…]いのる〉という行為でした。そんな風に在らしめる<祈>というものが、<父><冬><自然><道程>と彼を突き動かした様々な、つながり・あこがれ・世界律の概念化の詩集『道程』における集大成だったのでしょう。




 「秋の祈」でみた<秋>の現状の全肯定とでも言うべき世界認識は、次のような詩も後に生み出したことを紹介します。


軍艦をならべたやうな
日本列島の地図の上に、
見たまへ、陣風線の輪がくづれて、
たうとう秋がやつて来たのだ。
北東の風、雨の中を、
大の字なりに濡れてゐるのは誰だ。
愚劣な夏の生活を
思ひ存分洗つてくれと、
冷々する砲身に跨つて天を見るのは誰だ。
右舷左舷にどどんとうつ波は、
そろそろ荒つぽく、たのもしく、
どうせ一しけおいでなさいと、
そんなにきれいな口笛を吹くのは誰だ。
事件の予望に心はくゆる。
ウエルカム、秋。

(高村光太郎「北東の風、雨」)




 
同じ作者を対象にした初の小考は高村光太郎でしたー。わー。意外ー。

いわゆるヒューマニズムとして読まれる『道程』を別の視点から見てみたかったのさ。戦争詩をなんで書いしまったのか。書けてしまったのか。人道主義の到達からでは見えないんじゃないかしらん。前回の「父の顔」小考とあわせて、よろしければどうぞ。


そして、ようやっとリンク修正。ネット詩人(ということばの定義は不明だけど)で小考に取り上げた人と、交流のある人。おそくなってすみません。


あんど、一条さん新作キタコレ!おもしろ!
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同じ作者を対象にした初の小考は高村光太郎でしたー。わー。意外ー。

いわゆるヒューマニズムとして読まれる『道程』を別の視点から見てみたかったのさ。戦争詩をなんで書いしまったのか。書けてしまったのか。人道主義の到達からでは見えないんじゃないかしらん。前回の「父の顔」小考とあわせて、よろしければどうぞ。


そして、ようやっとリンク修正。ネット詩人(ということばの定義は不明だけど)で小考に取り上げた人と、交流のある人。おそくなってすみません。


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