[流体枷仔]

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2014
09/07
Sun
Category:【漏洩】

にねこ「【and she said.】」小考 

にねこ「【and she said.】」小考



元ラルオタのあたしは本作からL’Arc~en~Cielのセカンドアルバム(インディーズから数えると3作目)『heavenly』の3曲目「and She Said」からどうにも離れられないので、そこんとこから読んでいこうとおもふんだけど、――。

ちなみに、and she saidという慣用表現は特にないし、にねこさんの詩とラルクのこれに強いつながりがあるかどうかっていうのも、たぶんにねこさんのこれを読んでいるあたしのなかにだけしかないものだろうし、そういう意味では普遍的な読みとかじゃないけどね! いつもだけどね!

あ、本編にはいるまえにもうひとつ。アルバム『heavenly』は、ぜんぶで10曲から成っているんだけど、全体を通じてループになっているような構成で、歌詞や曲調から、女性との出会いと別れから浮き沈みする男性の人生、みたいなものを読みとれるんだけど(もちろんアルバムの並びとして前作の『Tierra』と次作の『True』を踏まえるとまた違うんだけど――大地、地球(Tierra)と天国(heavenly)の対比(憧れを憧れ続けていたTierraと、獲得と喪失のheavenly)もだし、heavenlyの最後の曲(The Rain Leaves a Scar)からのTrue一発目(Fare Well)とかベタに成長を見ちゃって楽しい、)、そうした読みとりを前提としたとき「and She Said」ってのは、恋人との別離の瞬間をスローモーションに捉えたような作品だとおもうのね、あたしは。ん、で、まあ、『heavenly』の1曲目と2曲目を踏まえ、――ストップ。

違う。こういう語りじゃない。




『穏やかな斜光の中で
左目が潰れてしまった、きみと
冷えていく景色が
すれ違っていくカレンダーの
色を、ひらり
一枚落とした。
そうして、彼女は言った。
風が邪魔した。』
(にねこ「【and she said.】」第1聯)



二重鍵括弧(『』)って、鍵括弧(「」)内の台詞として使われたり、書籍の名前に使われたりするのが普通で、一般的には単なる人の台詞は鍵括弧(「」)で括られるとおもうんだけど、この第1聯は誰かの台詞のように書かれてあるものの、二重鍵括弧(『』)で括られているんだよね、だからあたしこれってだれかの台詞じゃないじゃないのかな、なんて、――。

きみ、は、穏やかな斜光のせいで左目を潰してしまっている。きみ、は、冷えていく景色とともに、すれ違っていくカレンダーの色を落としている。きみ、は、彼女なのかもしれないしそうでないかもしれない。色が落ちてしまった瞬間に、きみ、は、彼女、へと、二人称から三人称へと、とほざかった存在になってしまっている。のかもしれない。

そして、彼女は、言った。しかし、風が邪魔して聞こえなかった。あるいは、「風が邪魔した」、と、――。




枯れてしまったあなたの瞳は
揺れる木漏れ日さえ映せないから
想い焦がれてた季節が
外で微笑んでいても気づかない
(L’Arc~en~Ciel「Still I’m With You」)



あたしはここにいる。まだ、あなたとともにここにいる。だから、あなたもここにいる。

あなた、は、瞳を枯らしてしまい木漏れ日の揺らぎももう映すことができない。あなた、は、あたしが想い焦がれていた季節を、あなたとともに過ごしたいと想っていた季節を、季節が、どんなに輝いていたとしてももう気づかない。あなた、は、あたしを映さないし、あたしはあなたの外で気づかれないまま微笑んでいる。

あなたはここにいない。まだ、あたしはともにここにいる。だから、あたしもここにいない。



僕が彼女に向けた最後の言葉はなんだっただろうか。彼女が僕にくれた最後の言葉はなんだったのだろうか。忘れてしまった、のか、それとも自分の心を守るためにそっと心が鍵をかけてしまったのか。空白の言葉の中に黒い蟻が点々と繋がっていくように、滲んだ手紙に隠されたような、そんな言葉を思い出そうか。そう。彼女と僕の、あの時の言葉。最後の言葉、を思い出すのに、一番始めのことを思い出すのはナンセンスなのかもしれない。だってそれから何年も彼女と一緒だったし、彼女の不在からもう何年も経っているのだからそんな事を探ったって。でも。順番は大切だ、どんなことでも。
(にねこ「【and she said.】」第2聯)



最後の言葉、とはなんだろうか。僕、と、彼女、の関係になってしまってから、言葉は果たして交わされ得たのだろうか。あるいは、きみを指して彼女と呼び回想するとき、僕、と、きみ、の関係の終わりに言葉はあったのだろうか。

――空白の言葉の中に黒い蟻が点々と繋がっていくように

二重鍵括弧(『』)で括るのって、鍵括弧(「」)で括ることに比べて、空白(□)で括っているように見えます。最後の言葉なんてなかった、という空白を充填するために、蟻が行列を成すように記憶を捏造してしまう、――回想、なんて思い出を都合よく物語にしてしまうことかもしれない、そういう語り口であることに、どれだけ自覚的であれるだろうか! きみ、の、実在する最後の言葉を検証することなく。

彼女とのはじまりは、彼女の不在の始まり。思い出は彼女が二人称になった頃から辿りなおされる。とてもとほいところから。




どれだけ離れたなら忘れられるだろう
風の声を聴きながら
やがて降りたつ日差しの下
そっとそっと目を閉じていたいだけ
(L’Arc~en~Ciel「Vivid Colors」)



心理的距離と物理的距離が比例関係なんて誰が言ったか知らないけれど、あなた、が、あたしのもとから離れていって、あたし、が、あなたと過ごした土地から離れていって、それでも思い出はあなたとあたしを、一人称複数で呼んでいた頃から絶えず再生させていきます。駅の階段の手すりに貼ったシールとか、いつも立っていた電車のドアのすぐ横のスペースとか。そういったものが目につく。似たような髪形、嗅いだことのあるシャンプー、知っている声色、好みの色使いの服装、自然と目で追うのをやめるために目を閉じています。

あたしたち、だった頃が煌びやかな色彩に包まれていた、と。イミテーションゴールドみたいな回想に浸っています。目を閉じて。耳はふさげない。両手が塞がっているから。風が吹いている。あの頃と同じ風が。




『はじまりの歌が聞こえて来た
それは常にあなただった
忘れていた飛行機雲の
その先に
呼ぶ声が、歌だった
電話は3分で終わった
浮かび上がり縛られていく
幾多の彫刻たちの
その足の裏を覗くように
高層ビルの上から靴の先にこびりついた汚れへと
伝うように蜘蛛が
ゆっくりと下がっていく
もうどうでもいい、と
酒の中に沈む石の煌めきが
揺らした
琥珀色に灼けた
のどの奥から漏れ出してくる
堪えきれない言葉の中に
「涙」という一文字と
「あなた」という三文字を
僕は書かなかった
書かなかったんだ
(にねこ「【and she said.】」第3聯)



回想は意識的に見る夢のようなものだ。時間軸に沿ったものを志向しても、結局は関係するものが連想されていってします。僕、は、あなたを聞いていた。耳はふさいでいなかったから。あなた、の声が、--。

高揚する気持ち。浮き足が立っている。靴の汚れを見るために下を向く。宙に浮いている自分の足が見える。気持ちが高揚しているのだ。一方で、助けを求めているのだ。地に足をつけて歩きたい。靴の先の汚れはまだ少ないように想う。蜘蛛が、僕を助けてくれたら、僕は地獄で何を差し出して恩返しすれば良いのですか!

あなた、とは誰でしょう。あなた、とは彼方のこと。とほくにいってしまった人。

琥珀色を胃に流し込む。こんな色彩だったのか、求めていたのは。思い出が身体に粘りつき時間は、僕、を置いていってしまう。




原色の道化師は空の上
手を差し伸べ言う“さぁセロファンの花畑へ行きましょう”
…堕ちてゆく僕に
(L’Arc~en~Ciel「and She Said」)



セロファンまたはセロハンはパルプを使って作られ現在は浸透膜等に利用されている。ここでは、花畑とも言っているように、色セロファンのことだとおもわれる。色セロファンは、赤と緑を左右に使用した眼鏡であったり、インベーダーゲームなどのカラーであったりに使用されてきた。ここでいう花は、そうした色セロファンを花弁としているのだろう。

セロファンの花畑とは、本来の色ではない色彩を持ったもの、という意味で捉えることが出来る。そうした花畑へ誘うのは、原色の道化師である。道化師は原色=Vivid Colorsを有しており、堕ちてゆく僕とは対照的に空の上にいる。僕に向かって手を伸ばしていることから僕を救おうとしているように見えるが、見せ掛けの色彩へ誘うことが、果たして救いなのだろうか。

思い出だけが、いつも美しい。




『空に向かって喇叭を吹き鳴らした。透明の嬰児たちが浮かび上がり、風に震える。セロファンを目に貼り付けた光景の、その薄さに肌寒さを覚え。鍵括弧で括られた消えていくはずの子らが、流される。途端に声を失い。』
(にねこ「【and she said.】」第3聯)



喇叭の音が空に向かう。管内を唾液が下っていく。透明の嬰児たちは色彩を持たない。色彩を持って成長するはずだった、あり得たかもしれない現実の未熟な姿だ。この回想をしている、この現在という、ここ、と、平行して別の世界が存在している、あるいは、していないのかもしれないが、回想の中では、少なくとも回想の中だけでは、有り得たかも知れない未来を思い出したっていいだろう!

風に震える。二人称だった者の吐息かもしれない。もう、まともに色彩を見ることが出来ないから。回想の中で想像した未来が、こことは別の階層で創造される未来みたいに。喇叭の音は、まだ鳴らせる。




プレイ。

『』で括った行分けの部分と、散文の部分が、別々の種類の「声」であるように思われました。この作品は全体として声の重層性を生み出しているように思います。『』の部分は、詩として、形を整えられ、選び取られた演劇的な声であり、それに対して散文の部分は、主体が思ったことをそのまま再生するという意味での内面的な声であるように思います。その二種類の声が、互いが互いを誘うようにして次々と繰り出されていく。さらには、『』で括られていない行分けもありますね。ここは、いわば『』の部分と散文の部分の中間のようでありながら、詩として一番通常なので、もっともストレートな声であるように思われます。だから、この作品は、詩が平板で一様な声でありがちなのを回避しているように思われます。人間の声の多様性・多重性、物語の語られる水準の多様性・多重性をうまく確保し、起伏に富んだ作品が仕上がっている。
(zero、にねこ「【and she said.】」へのコメント(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=351;uniqid=20121214_335_6551p#20121214_335_6551p))



「空白の言葉の中に黒い蟻が点々と繋がっていくように」と作中にあるように、二重鍵括弧(『』)で括られた本文のパートは「思い出」される形で、記述されていることが確認できる。これは、回想形式――過去を意識的/無意識的にでアレ捏造してしまう――であることから、語り手の記述の選別が入っていることは明らかであり、ありのままの過去が記されているわけではない、ということがあらかじめ宣言されている、ともいえる。

そして彼女は言った

しかし、なんと言ったのか思い出せない。この、思い出せないことを思い出すために記された言葉が詩として提示されているのが「【and she said.】」であること。思い出せない、の理由が、ショッキングな内容ゆえの忘却なのか。それとも、そもそも思い出す記憶そのものを持ち合わせていないのか。なにかを思い出せるかもしれない、という、不在(存在し得なかった)の思い出を捏造するための物語としての詩、――。

そういうわけで、zero氏が言っていることとは逆に、徹頭徹尾語り手の声だけが充満してこの作品は立ち上がっているようにあたしは思う。しかし、直面しなかった多数の声を捏造し続ける力でこの作品が駆動しているようにも見える。いみじくも作中で「嘘」という言葉をアゴタ・クリストフの名とともに提示している。語りが、もとい、記述が、常に既に偽りであること、それを逃れられないことをわかったうえで、それでもなお嘘を付くポーズをとることの是非とは。それを祈りと呼べばカッコウが付くのだろうか。幼稚な我侭と何が違うというのだろうか。




ベッドの上に針を落とした
回り出す残響が
ぷつぷつと
雨を降らしはじめ
断片がそぼって
凍りついた毛布を
とかしていく
残され
滴る事をやめた
血液が
黒く
黒く
染み付いたのだ
天井の蜘蛛の巣が
くるくると回る
(にねこ「【and she said.】」第4聯)



and she said
そして少し幼い顔の君が小さな声で言った
最後の言葉が部屋中を駆け回っています

I think so
まだ少し肌寒い日の朝はどこか物憂げで
…やがて君がくれた日々も色褪せていくのかな
(L’Arc~en~Ciel「and She Said」)



2つのアンドシーセッドの共通点として、回転のイメージがあげられるが、にねこのそれは第4聯のレコードを思わせるイメージから様々に変奏される一方で、ラルクの方は「彼女の最後の言葉」――<もう会えない>――が部屋中ないし頭の中を駆け回っている。(予断だが、アルバム『heavenly』では「and She Said」より「ガラス玉」をはさんで、語り手が正気と狂気に分裂するような歌詞の「Secret Sighs」へと展開する。別離が分離を誘発させるようでもある。)

――ストップ。


10

『不在通知は
雨に掠れて届かない
知らぬ間に忍び寄っていた
灰色の震えを
左側の切断面に
ひくひくと呟いた
行方しれずの心臓の紐が垂れ下がり
緞帳を瞑らせ
骨なくして
指なくして
不便よりは
零れた赤が地面に絵を描く。』
(にねこ「【and she said.】」第5聯)



あたしにとって回想は過去を思い出すことではなくてあり得たかもしれない現在を作り出すことであって、それは、つまり、現在を照射してしまうということでもある。

きみ、がもういないことはわかっている。きみ、がいなくなったことを引きうけたくないから不在通知は届かせない。でも、届かない、ということが、わかってしまう、ということが、きみの不在を、際立たせています。

地面に絵を描く零れた赤は別に血とかそういうのじゃなくて、真っ赤な嘘、赤の他人になってしまったきみ、――彼女。

プレイ。


11

なにが面白いのか
子供の頃はくるくる回って
目を回して
それこそぶっ倒れてしまうまで
回転を愛した
天井が回り
目を瞑れば
セカイが回った
なにも知らない
矮小な世界だったが
僕は
そのセカイを愛し
十年以上のちに
きみも
このセカイを愛したはずだった
囁かれた
天井と僕との間に
ひきずられていく
煮溶かした
呼吸の中に』
(にねこ「【and she said.】」第6聯)



バランス失くした魚のように
僕はらせんを描く
水面に揺らめくキレイな月が
泳ぎ疲れた肌をそっと照らして
(L’Arc~en~Ciel「ガラス玉」)



犯された身体
舌先で優しく
溶かせてほしい溺れるまで
(L’Arc~en~Ciel「Seacret Signs」)



6聯目において、1聯目に出てきた「きみ」がもう一度出てきます。この小考では、「きみ」とは、語り手と恋人関係にあったときの人物、対して「彼女」を恋人関係が終わったあとの人物、と捉えて読んでおります。

「セカイ」とカタカナ表記であることから、少し前のセカイ系(キミとボクとセカイ)を思い出すことが出来るでしょう。「僕」と「天井」(「僕」を上から見下ろすもの、超越的な何か)のあいだには、ラルク「and She Said」の「最後の言葉」を連想させるとともに、「Seacret Signs」の性的なイメージ(の回想)も想起させます。また、回転するイメージは、「ガラス玉」の歌い出し、そして「ガラス玉」が「and She Said」の次の曲であることから、恋人同士という関係の終了、誰かの恋人であることの死(魚が回転しながら水面に浮かんでいる!)を読むことも出来るように思う(ああ、この曲のhydeのファルセットの美しさは現世のものではなくなることの儚さを思うとまた格別なわけでして。。。


12

リンと電話がなる。というのはもちろん比喩表現で当時の着信音は「your song」でいまとは変わってしまってる。追憶。そうそう電話がなったのだった。声が聞こえる。始めての人の声、単純な用件を伝達するだけの電話はしかし夜通し続き、顔もしらない彼女に恋をした。なんの話をしたのだっけ?ピアノとエンデとアゴタ・クリストフの話。二つの嘘が始まった夜。
(にねこ「【and she said.】」第7聯)



固有名詞に関する考察は澤さんに任せるとして、ここで言う「二つの嘘」とは一体なんだろう。この作品を、恋人という関係の終了した語り手が終了時に発せられた言葉を思い出すための回想、という形式として捉えている、と、ひとつ、思いついたことがある。

「僕」は「彼女」の恋人ではなかった。
そして「僕」にとっての「彼女」も、――。

セカイ系において、ボクとキミの関係の外に置かれたキャラクターはモブキャラ(脇役)と呼ばれることになる、というとあまりにも雑すぎるね。別にセカイ系に限らないけれど、焦点の当たらない登場人物が脇役になること。それって、自分以外の人生の持ち主もまたそのもの自身の人生の主役であり脇役など存在しない(斉藤倫「ワトソンフォビア」参照)ことと表裏ではあるだろうけれど。

えっと、何の話だったっけ。

各人は各人の人生の主役であり全ての人物が主役であるなら脇役など存在しない、という考えに立つとき、恋人という関係を結び・終えることは相手の人生の脇役となることと言えないだろうか。それは痕跡といってみてもいいけど。

心なしか苦い煙草はため息まじり
微笑む人並みに揺れては消えてゆく
どうやら配役はうつろな通行人のきざし
それならひっそり彩り添えるよ
(L’Arc~en~Ciel「C’est La Vie」)




13

『信じられないといって
噛みちぎって行ってしまった。
だから僕の半身は
ここにはないのだ
僕の右手は
寂しい左側をなぞる
ごうごう風が行き過ぎる
耳鳴りの音も半分で
半分の呪いが
食べ残されたように
僕の体にわだかまる【and she said.】』
(にねこ「【and she said.】」第8聯)



ベタに「僕の半身」は「きみ」だとおもってる。金河南さんの想定はめっちゃおもろいとおもうけど、海老料理みたいな語り手を想定して読む読み方を駆動させる材料が足りないんやないかな、ともおもう。

まあ、いい。おもしろければオールオーケイ。

ちなみにわたしが「きみ」だと判断する理由は、左側に「風」があるからで、それは1聯で「そして彼女は言った」ことと関係のあるものとおもえるからだ。んでね、それはさておき。この聯においてもっと重要な点は作品タイトルが記述されていることなんだよね。

わたしは、空白(彼女の最後の言葉)を充填する行為として、『』に括られた記述を見てきたし、それ以外の部分は、それを彩る装飾的なものだとおもっていたんだけど、よくよく見ると本作のタイトルって墨括弧(【】)なんだね。白が黒くなってるんですね。まあ、ただのおもいつきなんですけど、――。


14

嘘つきな僕と正直未満の彼女が吐き出した嘘が日常を覆い隠すまでに時間はかからなかった。電話での顔のないやり取りは2ヶ月続き、初めて顔とそこに貼り付く表情を眺めた夜、二人は口づけすらせずに寄り添って寝た。それは果たして啓示だったのか。いやそんなはずはない。僕に神はいない。彼女に神がいなかったように。彼女はキリスト教が好きで、その偶像が好きで、フレスコ画が好きで、ロダンの地獄の門が好きだった。二人でよく西洋美術館に出かけては、何も言わずにロダンを見つめた。僕はそれを見つめている彼女の真剣な頬が好きだった。お互い宗教については曖昧で、なんだか、神様という言葉を玩具のように扱った。憧れ。かもしれない。ドゥオーモの鐘がなり、幸せな花嫁がライスシャワーを浴びる。きらびやかなステンドグラスと磔にされた男の姿。響くパイプオルガン。遊戯的で意味もわからずに。そうか。嘘ついたんだっけ。ピアノの話。共通のある好きな音楽のピアノで弾き語りができるよと部屋に誘った。わかりやすい嘘、僕の部屋のシンセサイザーは当時の「ラ」の音が出なかった。Aマイナーの曲なのに。笑ってしまう。もちろん弾き語られる事はなく、響いたのは彼女の方だった。
(にねこ「【and she said.】」第9聯)



嘘の正体。「ピアノをききにおいでよ(ピアノひけないけど)」と「ピアノききたいな(ピアノひけないのわかってるけど)」の二つ?だろうか?

いや、そうじゃないとおもふんだよね。2人の嘘が日常を覆い尽くしてしまうわけで、2人はたくさんの嘘をついたことだとおもうんだよね。だから、最初の嘘以降は、最初の嘘から一続きになっているもので、それはけっきょく個数としてカウントしなくていい気がする。うん、なんか文章ぐちゃぐちゃだ。

えっと、「僕」と「彼女」が嘘でない発言をしている箇所がどこか、というのは、少なくともこの聯においては、冒頭に「嘘つきな僕と正直未満の彼女」と掲げていることから特定できない。彼らがクレタ人かどうかは知らないけど、本当のことを話さないぜ、と宣言された記述は、信頼できない語りになってしまうよね。それは、本作の回想って形式とも通じるところではあるけども。

――ストップ。

15

『「一人の男が死んだのさ」マザーグースの歌のように。「とってもだらしのない男」』
(にねこ「【and she said.】」第10聯)



あたし、ある関係性が終了したからってそいつ自身が死んでしまうことっていうのは、比ゆ的にもありえない、という考えが信じられなくて。

嘘から始まった恋がホントウになっちゃったら、嘘をついていただらしのない男、は、死んだって呼んでもいいとおもふんだよね。


16

神の言葉を僕が感じられる訳がない、姦通し姦淫を好み、蛇の様に赤い舌で絡め取った粘膜は僕の悪徳だから。初めてお互い肌を触れ合わせてからは、とどまることを知らず、ただ求めあった。お風呂場でのセックスというのは不思議なもので、もしそこに水の精が存在しているのだとしたら、きっと笑って、ちゃぷちゃぷ笑って、そしたら思わず僕らも笑ってしまう。照れ臭くてなんだか幸せで。幸せというなんだかわからないものの形を模倣するように何度も何度も繰り返し抱き合った。
(にねこ「【and she said.】」第11聯)



なんか、ここまでラルクをそばに置いてきたけど、これとかこのちょっとまえから、ジャンヌっぽいよね。

すべてはこの瞬間のため
数えきれない「種」をまいて
ヒキョウな手段で君を抱いた?
ちがう!誰も傷ついてない また自分に言い訳してる
君への愛に嘘はないよ
じゃあなぜ今も魅せられない
うしろめたざ ゼロじゃない?
(Janne Da Arc「seed」)



ほら。

『湯気が隠す
湾曲した愛情と愛情を歌う欲情と浴場に眠った秘密の情景が
シャワーカーテンを濡らす
びしょびしょのまま
足跡をつけて追って来いと獲物が呼んでいるので
あとをつけた
息を殺さねばならない
一撃で仕留める約束だから』
(にねこ「【and she said.】」第12聯)



これは、映画の『サイコ』を思い出した。『サイコ』も映画の作中で主人公が変わるよね。


17

一日の構成物質がふたりの分泌液にまみれていくように、カレンダーを塗りこんだ。僕の舌が辿らなかった場所はなく、地図に描かれていない空白の場所に慎重に道を引くように、僕はシーツに彼女を描いた。そのうちに彼女自身が僕の舌になりひらひらと赤く蠢き出す。僕は饒舌なのできっと彼女も姦しかったのだろう。僕がしゃべる度にシタになった彼女もひらひらとよく踊った。
(にねこ「【and she said.】」第13聯)



「Seacret Signs」の舌の動きを思い出す。というより、注目すべきはカレンダー。1聯の「きみ」が「彼女」へ変わるきっかけが、「すれ違っていくカレンダー」なわけで。この聯では、ふたりの分泌液をカレンダーに塗りこんでいる。このことから、作中の「カレンダー」は、まんま、ふたりで過ごした時間の暗喩であり、空間の暗喩として彼女が使用されてもいる。地図に描かれていない空白の場所、存在しない土地、ユートピアとしての時空間を回想している。


18

『その天井の木目を何度数えただろう
終わるまでの時間に震えが走り
連結した時間の切り取られた風景
それはそこかしこに眠るベッドで
揺籃を揺らす手はもう失って
噛みすぎた薬指の赤が
押しつぶす他人の重力の回数に染まる。』
(にねこ「【and she said.】」第14聯)



この薬指は誰の指だろうか。誰が誰の指を噛んでいるのだろうか。

噛む人→噛まれる人
1)僕→彼女
2)僕→僕
3)彼女→彼女
4)彼女→僕

なんとなく(3)で読んでたんだよねー。「僕」以外の人とも身体を重ねているんだろうな、ということを、「僕」が「彼女」の指を見て気付いてしま(い、自分の嫉妬に気づいてしま)う。


19

不思議な舞踏は熱帯魚を思わせる。様々に人工的交配を繰り返され、色とりどりに染められたベタが争う様に、絡みつきそうして鱗を剥ぎ傷つき、しかし美しく。しなやかに背を反らせて、彼女はうめき声をあげる。声。そうだ声だ。僕たちは時に耳になった、そばだてるように、すべての音を取りこぼさぬようにと、録音しいつでも再生できるように、澄ました。僕らには光学磁気のシステムはついていなかったから。粘膜の立てる音、セキやクシャミ、そんな他愛のない肉体の立てる音に共時性を見出し、渇いたように、貪欲に。波形が絡み合うように。疲れるとそのままで眠った。塗りこまれ、赤子のように濡れた肌のまま。
(にねこ「【and she said.】」第15聯)



この聯は、回想中に何のために回想をしていたのか気づく瞬間が描かれている点でなかなか興味深い。「彼女はうめき声をあげる。声。そうだ声だ。僕たちは時に耳になった、」このフレーズは、彼女の最後の言葉が何だったかな、ということを思い出すために、彼女の声を手がかりにしようと気づいた瞬間、とでもいえそうな気がする。

あと、「僕たち」「僕ら」と一人称複数(cf『悪童日記』)が出てきている。この人称の変化は、赤と他人となった元恋人との情事を脳内で再生していたら当時の心境に戻ってしまったんだなあ、とかおもってしまった。(あ、でも、さっきの「カレンダー」やこの聯の「共時性」なんて言葉、「塗りこまれた」という言葉の反復から、恋人同士=一体化する関係性、ってのがあるのかなあ、、、


20

『白詰草を編んだ
つながっていく絡まりが
空を閉じ込めた
眼球に
転がる草原の草笛の音が
拡散し溶けて
広がったスカートが染まる
青は醜いと
王冠を放り投げ
王様は裸の罰を受けた』
(にねこ「【and she said.】」第16聯)



嘘が嘘であることがばれてしまった(裸の王様が罰を受けている)。

いつも眉を顰めて眠った。夏には可愛らしい小鼻にプクリと汗を浮かべて。でも苦しそうだった。彼女の出自には実は映画の様な秘密が隠されていたのだけれども彼女はその事を知らない。僕もその事を知らない。知らない世界が多すぎてだからこそ二人の嘘がなり代わり視野をつぶし「u r all i see」まさにそうだった。お互いにとってお互いは常に他人で片割れで共犯者で、かといって当事者ではなかった。猫が好きだった。そうだ、野良猫に餌をやっていたっけ。小さなアパートで真っ白い猫。覚えたてのフランス語で名前をつけた。ネージェ。雪という意味らしい。後で分かった事だけれども、Neigeはネージュと発音するのが正しい。知った時、互いに顔を見合わせて大きな声で笑ったんだ。ネージェは、人懐こい猫で、窓を開けて名前を呼ぶとどこからともなく現れて、一声鳴いた。実家で猫を飼っていた彼女はことの他喜び、その顔を見るのが僕も好きだった。やがてネージェは黒い猫と結ばれて、沢山の仔をもうけた。名前を呼ぶと必ず一緒に仔猫を連れてきて、彼女に抱かれた。僕も抱いた。仔猫はふわふわした毛玉の様で、それが生きているものだとは俄かには信じられなかったけれど、確かにあたたかく、軽い命を燃やしていた。愛おしい生命の具象として猫がいて、なんだか誇らしかったのを覚えている。ネージェが急に訪れなくなった日、庭に彼が死んでいた。
(にねこ「【and she said.】」第17聯)



ここも、嘘が嘘としての力を失った場面、つまり、関係性が崩れていく場面であるようにおもう。二人の関係は嘘がスタートであったかもしれないが、そこにはホントウのことがなかったのかもしれない。Neigeがネージェではなくネージュであることが正しかった、というような、嘘(意図的な事実の隠蔽)ではないけれども、誤り(意図しない不適当な選択)が重なってきたものだった。云々。

さて、庭に死んでいた「彼」とは誰だろうか。わたしは語り手(=「僕」)だと思う。次点でネージェの伴侶である黒猫。ただ、これは同じことを意味しているようにおもう。つまり、比ゆ的な死、「恋人としての僕」が、ここで終わったんだ、ということに、語り手が改装中に気づいた瞬間、過去の時空間のなかに、現在の語り手が不気味に死んでいる様をイメージするんだよねー。


21

『だから言った。私は言った。直立した朝に出棺した、夜夜の戯れを葬る。短すぎたネックレス、折れた爪。そしてペディキュア。猫も笑わない真空の月の光が、まだ照らしている合間に。出ていけと、不実な果実の搾りかすに。発酵して湯気を立てる前に。』
(にねこ「【and she said.】」第18聯)



そして、前聯で気づいた上での(記述としての)回想、(一人称が変わっている!)。

記述としての、というのは、この作品が形式的に3種(4種?)のものを採用しており、それぞれがそれぞれにつっこみを入れているようにも見えるから厳密には区別するのは困難なんだけど、とまれ、『』で括っている箇所をもっとも距離を置いたものとして見ていることからきているよ。


22

酔い潰れるまで、酒を煽る夜があった。自らの腐臭を焼く為に酒を飲む。ままならぬ世界にべったり甘えたまま、からんと音を立てて飲み込んだ。そんな僕に辟易したのか、それが、最後だったのか、否。彼女と僕は、その場所に「同時に存在していなかった」。けして明かす事なく、部屋の片隅で静かに腐っていく僕の触角は(ほのめかす事すらしない)恥、だ。気づいていなかったのはもしかすると僕だけだったのかもしれないけれど。酒。彼女はあまり飲めなかったけれど、僕との時間を愛した。色々なバーを渉猟しいろいろな物語を紐解いた。妖精の話やダ・ヴィンチの話、転がったおにぎりの実在論的解釈。くすくすと微笑みを分け合いながら。酒を飲んでほんのりと染まる背中に残酷に刻んでいく言葉と体温をきっと嫌いになれるわけがなくて、だから傲慢だ。支配されていたのはきっと包まれていた僕なんだ。
(にねこ「【and she said.】」第19聯)



ここで、「にねこ」というハンドルを考えてみる。「二匹の猫は互いに同時に存在する。」がtwitterのアカウント名として使用されている。これは、先に述べた、恋人関係=一体化、という奇妙さとも一致しないか?(どうかな?

ただ、ここであたしがおもうのは、彼女がまったくの他者、自分とはまったく無関係に自律・自立している赤の他人であることに、ようやく気づいた点で、無駄に全能感もってた赤子が徐々に母親は他人だってことに気づく=成長のような、そういう、なんだ、薄気味ワルさみたいなものを感じるね。(別にこれはdisじゃないよ、こういう関係性をそのままに繰り出すその手腕への賛意と、その主題に対する個人的な価値観との差異は、あって然るべきべき

まあ、ふつうだったら、彼女が他人だった!僕ちんも大人になろう!(子供の僕ちんが死ぬ(=大人の僕ちんの誕生)=成長!って具合なんだろうけどね、ここでは、僕ちん腐ってるからね、ゾンビだよゾンビ。マジ生かす(←わ、わざとだからね//////

ああ。喉が渇く。
(にねこ「【and she said.】」第20聯)



これなんかも、ゾンビっぽいフレーズだよね。ジョジョ6部のリンプビズキット(死体から透明なゾンビを生み出すスタンド)を思い出したけど、別にそれでなくてもゾンビって脳漿すするイメージあるよ。


23

『穏やかな朝から出発した
穏やかな一日
が連なる
いつ覆るかわからぬ不安

気付かぬふりをして
穏やかに
穏やかに
水を飲んだ
水道のからん
ひねる
冷たい
そういう日
(にねこ「【and she said.】」第21聯)



私の中の水がへり
少しずつこぼれ
私は自分の体液で溺れているのだと
思う
海はきっと私の
中にあるのに
切り離された小さな雫のうちに
溺れる
それは』
(にねこ「【and she said.】」第22聯)



この「私」は、ゾンビにならなかった場合の「僕」、と見ているよ。ゾンビを経由して「私」になった、ってのもありそうだし、その違いは大きいとおもうけど、現在の語り手がそのどちらも有してない、とはいえないし、どっちも持ってるんじゃないの?くらいな感じ。

や、回想というのはそういうものだとおもうんだよね。それぞれを細かくみていくと矛盾があっておかしくなく、同一の事象を思い出す角度によって逆照射される自画像も変わっていく、みたいな。


24

嘘つき。それは知っていた。いつしか二人の間で交わされていた約束。嘘をつき続ける事。その一つの嘘は僕にもわからない。本当を求めて、失われた半身に出逢えた喜びを悦びにすり替えていた二人は、嘘に酩酊していくのだ。ふらつく足で塀の上を歩く様に。
(にねこ「【and she said.】」第23聯)



僕にもわからない「嘘」は、たぶん「彼女」から「僕」への嘘だとおもうんだ。そんでもって、この嘘は、わかっていないフリ、とわたしは見ている。勘だけどね。

嘘からはじめた恋人ごっこに本気になっちゃったのが僕だけ、というのに耐えられないんじゃないかな。


25

『手を離すと落ちるよ。それはよくわかる真理で。その痺れが、僕らを繋ぎとめる。いずれにしても、溶けていく消えていく、だから。骨だけはしっかり残そうと、ふたり。情景がぼやけていく中で、底のない川に金属製のオールを突き立てるように、笑った。』
(にねこ「【and she said.】」第24聯)



一人称複数形。しかも、「ふたり」と平仮名表記。「二人」では「ひとり+ひとり」であることが視認しやすいけど、「ふたり」だと「僕ら」という人称とも合致しやすいのかな。

底のない川にオールを突き立てるってことは、不可能さとか危なっかしさとかをおもわせるよね、一見微笑ましくありながら、諦念をおびてる。


26

あの日が蘇る
ぼくらはここへ来て
一日中眺めていた...
もう二度と会えないのかな
(L’Arc~en~Ciel「静かの海で」)



騒々しい一夜。ベネチアングラスが割れた夜。彼女がお土産に買ってきてくれた、揃いのグラス。透明な赤がとても綺麗で、大のお気に入りになった。ワインを注ごうよ。飲めないくせに、バローロなんて買ってきて、赤が赤に沈んで行く様に瞳を輝かせた。生きているみたいだね。そうかな。僕は彼女の胸に耳をつける。静かの中でとても柔らかいノイズが蠢いていた。ベネチアングラスは透明度が命なんだよ。光に透かしてみて、黒く澱んだ部分がなかったら、一級品なんだ。野暮ったい蛍光灯を消して、蝋燭に火をつけた。わだかまる、黒い影が、無数にテーブルを彩り、後ろ暗い愛を囁いている。僕は微笑む。そうして彼女の耳を齧る。
「嘘つき」
明かされてはいけない本当の嘘が、物語の帳を破って。その数ヶ月後、ベネチアングラスは故郷に帰るように窓から飛び出した。破片がまるで血の様だった。
(にねこ「【and she said.】」第25聯)



『割れてしまった
ベネチアングラスの縁が
足を裂く
傷口は深くない

天使の欠けた足裏の
ミケランジェロの思い出と
ダビデ像を、旅出像と
勝手に思い込んでいた君は
ゴリアテの片思いも知らずに
えへへと笑い
ワインにその顔を
浮かばせる
共振する相手を
失った、赤の右側が
ゆっくりと冷えて
伝わるのが
血液なのだとしたら
やはり君は
えへへと笑い
そうして、言うのだろう
何度も聞いた言い訳を
何度も塞いだその唇で』
(にねこ「【and she said.】」第26聯)



なんとなく捨てられたベネチアングラスは窓の外で死んでいる彼に当たっている感じで、「赤の右側」である「僕」が彼女を直視していないこととも通じ合うようで、それを否定するように性衝動に頼るのも、なんというか、陳腐で、ただただ哀しい感じが、そのまま描き出されている感じがしていて、おもしろい。

笑っている彼女を見るシーンがこれまでいくつかあった気がする。お風呂場でエッチするとことか、ネージェのとことか、酔っ払ったぼくとおにぎりについて話しているとことか。
それらと比べてこのシーンの彼女の笑顔は、ワインの水面に映っているものとして描かれている。そして、――。

同じようにゆがんでいたから、同じように求めあったのかもしれない。そのあわいには真空に潜むエーテルの神秘が残り、その不条理がさらに二人をゆがめていった。
(にねこ「【and she said.】」第27聯)



「同じように」という、一方的な決め付けが入る。こともなし、回想とはこういうものである。


27

『沈黙が木の葉を揺らし、冬が手紙を落とした』
(にねこ「【and she said.】」第28聯)



抱きしめた時の体温が冷えていく。何時キスをしたのか分からない、少し薄目の形のいい唇が、ゆがむ時がやがて訪れるなんて。皮肉なものだね。
(にねこ「【and she said.】」第29聯)



『咥えたまま、しゃべることもできずに、頷いた、それは肯定なのか否定なのか、自分でもわからずに、ただこの時間に溺れていたかったその契約を、レースに署名した。引き千切られる、その前に。』
(にねこ「【and she said.】」第30聯)



先取りする形になっちゃうけど、言い訳はキスで塞ぐ、唇は歪まされる、口には咥えさせられる、手紙は引きちぎられる、という形で彼女の声を奪ってきたのが自分だった、ということを辿れてきたのだろうか、語り手は。


28

ああ、こんな話面白くない。最後の言葉、最後の言葉なんだ、思い出せない。どうして思い出そうとしたのかさえ思い出せない。最後の言葉。あなたがいなくなった日。月並みだけれども、世界が反転した。すべてが敵にまわってしまって、僕の歯車は欠けているのに、太陽は上り月は上り朝は騒々しく網膜を焼いた。生きている、その事をいっそないものにしようかなんて、笑っちゃうね。でも、現実として水すら飲み込めない凍りついた時間が足元に転がって僕を苛んだ。だから?
(にねこ「【and she said.】」第31聯)



さて、時制がようやく現在の語り手に帰ってきた、けれどまだ「僕」のまま、ゾンビのまま。ゾンビ僕ちんだから、「僕を苛んだ」という言葉も吐けちゃう。だから?


29

『だからいった。わたしは言ったんだ。
胸を叩いて、嗚咽した。彼女が残したのは、なにも入っていないマグカップとティースプーン。
それから彼女は沈黙した。沈黙した。沈黙した、だけだった』
(にねこ「【and she said.】」第32聯)



「ふたり」と「二人」が異なるように、この聯のみに出てくる「わたし」と「私」は違うだろう。ただ、ちょっと趣がちがう。あたしがおもうに、「だから言った。わたしは言ったんだ。」のみが、作中の彼女の「声」だ。(冒頭の「風が邪魔した。」を含めるのであれば、この2つのみ)。

そして。
耳は瞑れない。
ゴッホはカミソリで切り落としたよ。
丁寧に封筒の中にいれて、
レイチェルの元に自分で届けたそうだよ。
さあ。
僕は。
(にねこ「【and she said.】」第33聯)



さんざん「声」を受け取らずにいた「僕」の行く末を暗示するように、ゴッホのエピソードをつけて本作は終わる。狂気なのか正気なのか、という問いかけを発することの出来る語り手はまだ正気なのではないだろうか、どうなんだろう。


30

ラルクの「and She Said」と、本作「【and she said.】」の相違点として、最後にこの一点を指摘しておきたい。
本作のタイトルにはピリオド(「.」)がついている。「そして彼女は言った。」とは、「何を」も「誰に」も明示することを禁じているような向きさえある、そんな風におもった。


***


かせ
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 27聯の君
二人称の「君」を見落としていましたね。

本稿では「二人/ふたり」、「私/わたし」と、表記の違いが意味の違いをもたらすものとしていますし、そもそも、本稿に限らずそういうもんだろ、という立場にそもそもあるわけですが。いやはや。

澤さんの読みとは前提が異なるので、あたしはあたしの読みとしてこの二人称「君/きみ」の差異を明らかにしないといけないわけで、--。

ただ、まあ、語り手の、相手の笑顔を見る視線が異なるのがこの27聯なので、距離感の違いかな、程度の認識でした。

【遠】 彼女 あなた 君 きみ 僕ら 【近】

こんなイメジ。

んで、そうなると「僕ら/僕たち」の区別もしていないことに気が付くわけで、--。

ただ、「僕ら」が「僕+きみ」であるのに対して、「僕たち」は本稿中の「わたし」の一歩手前、な感じがしないこともない、かな。回想中に現在の思考が混線してきている感じからも。

【幼稚】 僕 ゾンビ僕ちん(作中にはない) 私 僕たち わたし 【成長】

こんな感じ。
  by かせこ
 コメント 
27聯の君
二人称の「君」を見落としていましたね。

本稿では「二人/ふたり」、「私/わたし」と、表記の違いが意味の違いをもたらすものとしていますし、そもそも、本稿に限らずそういうもんだろ、という立場にそもそもあるわけですが。いやはや。

澤さんの読みとは前提が異なるので、あたしはあたしの読みとしてこの二人称「君/きみ」の差異を明らかにしないといけないわけで、--。

ただ、まあ、語り手の、相手の笑顔を見る視線が異なるのがこの27聯なので、距離感の違いかな、程度の認識でした。

【遠】 彼女 あなた 君 きみ 僕ら 【近】

こんなイメジ。

んで、そうなると「僕ら/僕たち」の区別もしていないことに気が付くわけで、--。

ただ、「僕ら」が「僕+きみ」であるのに対して、「僕たち」は本稿中の「わたし」の一歩手前、な感じがしないこともない、かな。回想中に現在の思考が混線してきている感じからも。

【幼稚】 僕 ゾンビ僕ちん(作中にはない) 私 僕たち わたし 【成長】

こんな感じ。
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